近年、日本では「終身雇用制度」が崩壊しつつあると言われていますが、一般的に正社員で就職した場合、日本では基本的に定年まで雇用することを前提としています。また同様に、勤続年数を加味して役職や賃金を上昇させる「年功序列制度」も日本独特のシステムで、廃止する企業も見られるものの今も根強い文化として存在しています。一方香港では会社が人を育てるという文化は無く、若いうちは転職を繰り返すことで自ら経験値を増やしキャリアを積み上げていきます。スキルを磨きながら今より良い条件を目指して転職するため、一度も転職をしないことは評価されるどころか、転職する能力が無いとまで見なされる風潮があります。今いる場所で昇給、昇進を待つより、自分の能力をより高く評価してくれる企業があれば気軽に転職して行きます。香港は「成果主義」のため年齢も社歴も人事評価とは関係ありません。そして企業側も一つのポジションが空けば、またそのポジションに見合った人材を補充すれば良いと考えています。こういう背景から香港はもともと離職率の高い社会ですが、近年は新型コロナウイルスの影響を受け企業側から余剰人員の整理で従業員を解雇するケースもよく見られます。解雇・退職の際の従業員への退職金の支払いについて詳しく見てみましょう。
まず、解雇時に企業から従業員へ支払われる退職金には
「解雇補償金/Severance payment」と「長期服務金/Long Service payment」の2種類があります。
「解雇補償金/SP: Severance Payment」
対象は2年以上継続して雇用されている従業員
- 余剰人員の整理を理由とした解雇(整理解雇)である場合
- 有期雇用の契約満了後、整理解雇を理由に契約を継続しない場合
- レイオフ・一時解雇の場合
- 操業停止・業務停止の場合
注意点として、自己都合による退職の場合は支払い対象になりません。また、合理的な理由無しに解雇後2カ月以内に支払わなければ、雇用主に最高5万香港ドルの罰金が科されます。
「長期服務金/ LSP: Long Service Payment」
対象は5年以上継続して雇用されている従業員
- 即時解雇、整理解雇以外の普通解雇の場合
- 従業員が辞職を希望する場合
- 従業員が死亡した場合
- 有期雇用契約満了後に雇用主が契約を継続しない場合
- 従業員の健康上の理由による辞職の場合
- 契約上の業務に不適格と判断された場合
- 65歳以上の従業員が高齢を理由に辞職する場合
合理的な理由無しに雇用主が支払わない場合、最高で35万香港ドルの罰金および3年の拘禁刑に処されます。
この2つの退職金ですが、雇用主は両方とも支払うのではなく、両方を計算してみて額が小さい方を支給します。計算方法はどちらも同じで、
「最終月給(或いは直前12ヶ月の平均給与月額)×2/3×勤続年数」です。
月給の上限は22500香港ドルですので、月給がそれ以上の方は「22500香港ドル×2/3×勤続年数」となります。いずれかの退職金を受給できる金額の上限は39万香港ドルです。
さて、従来はこの解雇補償金/Severance paymentや長期服務金/Long Service paymentといった退職金をMPFの積立額で会社負担の部分だけを払い戻し、退職金の一部として充当することができました。雇用主は実質その差額分のみを退職時に支給すれば済んでいましたが、6月9日に「MPF相殺廃止案」が可決されたことで、2025年以降に採用された従業員に対してはMPFとの相殺ができなくなります。
MPFについて少しおさらいしますと、MPFは「Mandatory Provident Fund」の略で強制退職積立金のことです。それまで香港には日本のような公的年金制度がなく、2000年よりMPF制度が導入されました。従業員はMPFの加入が義務づけられていますが、運営しているのは公的機関ではなく民間企業です。従業員の給与の10%相当額がMPF口座に強制的に積立てられます。その内訳は従業員負担が5%、雇用主負担が5%で計10%です。計算する上で給与上限は3万香港ドルですので、積み立ての上限は毎月1500香港ドルです。外国人は帰国や転勤で香港を離れる際にMPFの積立金の全額を引き出すことも可能ですが、香港人は基本的に定年になるまで受け取れません。
今回の「MPF相殺廃止案」が可決したことで、今後雇用主はMPFの積立金とは別に退職金を支払わなければなりません。この法案は可決までに長年議論されており、退職する従業員の退職後の生活保障を第一目的としています。従業員の待遇は改善されますが、雇用主の立場からすると、これまでと比べ負担が一気に増えることになります。香港政府は雇用主の援助のため、施行後25年間はMPF積立金との相殺部分については香港政府より補填し、徐々に雇用主の負担を増やして行くとしています。そして政府からの資金援助と雇用主負担分の割合が段階的に調整され、最終的には雇用主が退職金の全額を負担する予定となっています。
今すぐに雇用主が退職金の全てを負担するわけではなく、援助措置も用意されていることから、会社の財政運営にすぐ影響を及ぼすものではなさそうです。これからしばらくは準備期間として社内で退職金の扱いを検討し直し、従来のMPF相殺とは別枠で従業員への退職金を備えておく必要がありそうです。