近年、香港のSF作品が新たな文化として注目されています。現在開催中の「Hong Kong Pop Culture Festival 2026」は、香港政府観光局やレジャー・文化・サービス省(Leisure and Cultural Services Department)が主催する大規模なポップカルチャー・フェスティバルで、4月から6月にかけて様々なイベントが行われています。映画、ファッション、音楽、漫画などの多方面における展示や野外イベント、そしてステージパフォーマンスなど多彩なプログラムが行われています。その中の一環として開催されている「SF文学の過去と未来(The Past and Future of Science Fiction Literature)」は、香港の公立図書館と大学が共同企画した文学講演のイベントです。AI時代のSFや、中国のSF、SFが提示する人間的価値や未来像、SFを通じて香港や中華圏の未来を探る、などSFに関する様々なテーマについて掘り下げます。
2019年の香港映画「Ciao再見UFO(Good bye UFO)」をご存じでしょうか。この作品は、1985年に香港のアバディーンにある公営住宅「華富邨」の上空に巨大なUFOが低空飛行したとされる「華富邨UFO事件」を題材にしています。この事件は香港において非常に有名な都市伝説で、当時その地域に住んでいた子供たちや住民による目撃証言から香港中に話が広まりました。よく知られている内容としては、1985年当時の「華富邨」の建物のすぐ上空で、巨大な母船のような物体が静かにホバリング(低空飛行)しているのが目撃されたというもので、当時の子供たちに強烈な印象を残しました。写真など確固たる証拠は存在しないものの、香港における代表的なミステリー・怪異現象として長年語り継がれてきました。このノスタルジックな都市伝説を取り入れた映画「Ciao UFO」は、2019年の香港アジア映画祭で上映された後、2025年末にようやく一般公開され、香港のアカデミー賞(香港電影金像奨)で複数の賞を獲得するなど、大きな話題となりました。
世界的に香港映画といえばカンフーやアクションのイメージが強く、これまで香港のSF作品は欧米や日本の作品ほど国際的な注目を集めてきませんでした。しかし近年は若いクリエイターたちが香港独自の歴史や都市伝説、急速な都市化による社会変化を題材にした斬新なSF作品を次々と生み出しています。その先駆けともいえる「Ciao UFO」ですが、本作は単なるUFOや宇宙人など未知との遭遇を描く従来のSF映画とは異なります。多くの香港人が知っている都市伝説を取り込みながら、香港返還前後を含め同じ時代を生きてきた人々が共有している記憶のあり方が描かれています。舞台となる街並みや登場人物たちの会話は、香港の日常そのものが色濃く反映されており、SF作品にありがちな架空の未来都市ではなく、地元香港だからこそ成立するSFを見事に描き出しています。UFOという未知の存在を通じて、実際に香港で生活する人々の孤独や希望、そして変化し続ける都市と人々の関係を観衆に問いかけています。作品を見終えるころには、宇宙人の正体よりも香港で暮らす人々が香港という街をあらためて見つめ直すことでしょう。
この映画の成功によって、脚本家である Kong Ho-yanさん(江皓昕)にも注目が集まりました。香港の脚本家・小説家で、もともとはインターネット上で活動する匿名作家でした。幼少期からSF作品を愛読し、次第に自分でも小説を書いてインターネットで発表するようになったそうです。そして今や香港映画界において香港文化をSFや幻想文学と結び付ける作家として高く評価されています。一躍有名となったきっかけはネット小説「那夜凌晨,我坐上了旺角開往大埔的紅VAN(Lost on a Red Mini Bus to Tai Po)」です。ストーリーは、ある日、香港のミニバスに乗った乗客たちが、突然ほぼ無人となった香港に取り残されるという奇想天外な物語です。その作品スタイルは香港のローカル文化を積極的に取り込みながら、SFジャンルの可能性を広げるというもので、こうした手法や姿勢は、若いクリエイターたちに大きな影響を与えています。
香港という街は、東洋と西洋が交差し、伝統と最先端技術が同居する独特な場所です。そのため香港のSFは、最新テクノロジーだけでなく、民間伝承や地域文化と融合をすることで、より香港らしさを表現することができます。一般的に欧米のSFでは人工知能や宇宙開発が主題になることが多く、私たちの日常とは切り離された別世界の話として語られることが多いものです。一方で香港SFの作品は、それらに加えて土地の記憶や地域社会の物語を重視する傾向があり、未来を描くと同時に過去も振り返るというところに魅力があります。
世界的に見ても、欧米に負けずアジア発のSFはますます存在感を高めています。中国本土、韓国、日本などからは国際的に評価される作品も登場しており、その中で香港は独自の文化的背景を武器に、新たな独自の創作の方向性を示し始めています。香港の新しいSFカルチャーは、街の歴史、人々の記憶、そして都市伝説まで未来へ繋げ、新しい物語を生み出そうとしています。こうした試みは、これからのアジアSFの発展において見逃せない動きになりそうです。